南城市観光
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御嶽(うたき)を知る

観光地である前に、いまも祈りの場。南城市の御嶽を、言葉からたどります。

色のついた言葉をタップすると、意味が出ます。

御嶽とは

は、南西諸島に広く分布する「聖地」の総称です。南城市には、が1100以上あることが、市の調査で確認されています。

たとえば斎場御嶽は、琉球開闢(かいびゃく)の伝説にも現れる、琉球王国最高の聖地とされ、の参拝地として、いまも多くの人に崇められています。

出典:斎場御嶽公式サイト(https://sefa.okinawa/)、『南城市の御嶽』(南城市, 2018)「ごあいさつ」。確認日 2026-10-20

訪れる前に

出典:斎場御嶽公式サイト(https://sefa.okinawa/)、お知らせ(https://sefa.okinawa/news/topics/713/)。確認日 2026-10-20

もう一歩:久高島の白砂と、斎場御嶽

琉球王国の時代、国家の大きな祭事には、「神の島」といわれる久高島から聖なる白砂が特別に運び入れられ、斎場御嶽に敷きつめられました。その祭事の中で最も大きな行事が、の就任式「御新下り(おあらうり)」でした。

久高島のイシキ浜は、との接点と考えられている場所です。

出典:斎場御嶽公式サイト(https://sefa.okinawa/)、『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.463、p.470)。確認日 2026-10-20

東御廻り(あがりうまーい):聖地を巡る道

古来、沖縄では、太陽の昇る東を「あがり」と呼び、のある聖なる方角と考えてきました。は、玉城・知念・佐敷・大里にある聖地を巡って拝む巡礼で、その起源は国王の巡礼といわれます。

いま伝わるコースは、首里の園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)を出発し、与那原、佐敷の拝所を経て、知念に入り、ティダ御川を拝んで斎場御嶽に至ります。さらに、知念グスク、知念大川、ヤハラヅカサ、受水走水などをまわり、玉城グスクまで、あわせて14の聖地を巡ります。

の就任儀式「御新下り」では、東御廻りの中でも随一の聖地である斎場御嶽で、2日間に及ぶ儀式が行われたと伝わります。

巡る場所の例

佐敷上グスク

国道331号沿い、佐敷小学校の裏の丘にあった、尚巴志とその父・尚思招の居城です。中城湾や勝連半島を一望でき、久高島も望めます。2004年に南城市の史跡に指定されました。東御廻りの順路にも、名前が挙がります。

公式ページ ↗
受水走水

百名の海岸に近い、2つの泉です。西側を受水、東側を走水と呼び、受水に面して、御穂田(ミフーダ)という田があります。琉球の稲作発祥の地という伝説があり、田植えの儀式が行われます。

公式ページ ↗
斎場御嶽

東御廻りの中で、随一の聖地とされます。トップページの案内も、ご覧ください。

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聖地を巡るときの心構え

拝所があることで、神聖な場所として守られてきました。一方で、テダ御川のように、採石によって水が涸れてしまった例もあります。

出典:南城市観光協会(らしいね南城市)「東御廻り(あがりうまーい)」特集(https://www.kankou-nanjo.okinawa/tokusyu/agariumai/)、「佐敷上グスク」「受水走水」のページ、『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説p.458・p.120。確認日 2026-10-20

用語集(すべての言葉)

御嶽うたき

神を祀る聖地。琉球・沖縄の精神文化を特徴づける、重要なものの一つです。

一般に、村の後ろの丘や山にあり、村を守る形で存在します。いちばん奥に、「イビ」と呼ばれる最も聖なる場所があり、香炉が置かれ、神はここに宿ると言われます。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.459、p.460)

拝所うがんじゅ

祈りを捧げる場所。御嶽のほか、井泉や、屋敷の神屋(祈りの建物)なども、拝所として扱われます。

南城市の調査では、御嶽、井泉、神屋などが、地区ごとの「拝所」として一つひとつ記録されています。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 第1〜3章の拝所の項目

井泉かー

湧水のこと。多くは、村の祭祀の拝所になっています。

昔の人は、水を得やすい場所に村をつくりました。命と生活の源である水の恵みに感謝し、その永続を願って拝まれたとされます。使い方により、産水を汲む「ウブガー」、禊(みそぎ)のための「ソージガー」、岩の間の湧水を樋で引いた「樋川(ヒージャー)」など、名前がつけられます。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.462)

グスクぐすく

按司(あじ)など支配者に関わる石積みの城や遺跡。信仰の対象としての聖地をいうこともあります。

小高い丘の上や山の中にあるのが一般的です。奄美・沖縄に広くあり、現在、300以上が確認されています。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.464)

ニライカナイにらいかない

海の彼方、または海底・地底にあるとされる、他界(神々の世界)。

神々がニライカナイから来て人々を祝福し、また帰っていく、という考えがあります。豊穣や幸も、ニライカナイからもたらされると考えられてきました。久高島のイシキ浜は、ニライカナイとの接点とされています。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.470)

聞得大君きこえおおきみ

琉球国の最高神女(神に仕える女性)。

尚真王の時代に創始されました。就任の儀式「御新下り(おあらうり)」は、斎場御嶽が主な舞台でした。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.463)、斎場御嶽公式サイト

ノロのろ(祝女)

村々の祭祀をつかさどる、女性の神役。

古くは、首里王府から任命される公の役職で、就任には、王府から辞令書が出されました。1人のノロが、1つ、または複数の村の祭祀を担いました。ヌル、ヌールとも呼ばれます。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.470)

東御廻りあがりうまーい

与那原町と南城市(佐敷・知念・玉城)にある、御嶽や井泉などの聖地を巡って拝む祭礼。

この地域は、王府時代から「アガリカタ(東方)」と呼ばれました。現在は、門中(親族の集まり)単位で行われるのが普通です。首里の園比屋武御嶽から始まり、斎場御嶽などを経て巡ります。もとは、国王と聞得大君の「知念・久高行幸」にあると思われています。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.458)、斎場御嶽公式サイト

遥拝ようはい(ウトゥーシ)

その場所ではなく、遠く離れた場所から拝むこと。

首里の弁ヶ嶽は、久高島と斎場御嶽への遥拝所です。久高島の伊敷泊(浜)は、ニライカナイへの遥拝所にあたるとされます。

出典:『南城市の御嶽』(南城市, 2018) 用語解説(p.460)

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